編集長阿部トモ☆通信 プロフィール

『複合汚染』
著者:有吉佐和子
発行所:株式会社 新潮社
心臓の弱い方は
けして読まないでください
なんていうホラーではありません。
なのに、恐ろしくて
読み進めるのが困難な本です。

最初にお断りしなければいけないのは、
これは昭和49年の10月14日から
8ヵ月半に渡って朝日新聞の朝刊に
連載されていた「小説」だということです。

有吉佐和子さんといえば、
その小説を読むと激動の一生を
追体験した気にさせるほどの
ストーリーテラー。

ところがこの作品には、
一貫したストーリーがありません。
著者と同姓同名の女性作家が
政治家の依頼を受けて
選挙の応援をすることになり、
支持する候補者の街頭演説で話された
生まれる赤ちゃんの奇形、障碍(しょうがい)、
難病、奇病の話への疑問からはじまって、
統計の取り方、排気ガス、
枯れない花や腐らない食事から
食品添加物、保存料や殺菌剤、
農薬、化学肥料、
それらに対する当時の関係各省庁の対応や
実際に人々の体や心にあらわれた症状やデータのほか、
出来上がった作物、絶滅の危機にある野鳥、
有機農法や宗教など話題は次々に変わります。

小説だとあとがきにも解説にもありますが・・・・・・。
以下抜粋。

「石牟礼道子さんの『苦界浄土』が出るに
及んで、私はもう公害というものは小説という
虚構で捕らえることができないのを思い知った。
事実の重みが、あまりにも大きい。
事態は、小説という読み物にのせるには、
あまりにも深刻だ。」

「複合汚染というのは学術用語である。
二種類以上の毒性物質によって
汚染されることをいい、
二種類以上の物質の
相加作用および相乗作用が起こることを
前提として使われる。」

はぁ。そうですか。
相加(そうか)作用というのは?
聞きなれない言葉ですよね。
以下抜粋。

「鼻と口から躰の中に入れる
化学物質の数は、食品添加物だけでも
一日に八十種類といわれている。
(農薬と大気汚染を勘定すると、何百種類になる)
この八十種類の一つ一つについては、
きわめて微量であるし、
厚生省も農林省も責任をもって
安全を保障している毒性物質
であるから、何も心配することはない、
ということになっている。
しかし八十という数は、
決して少いものではない。
少くとも三十年前までの日本人は、
この十種類も食べてはいなかった。
八十という数は、
種類を足し算したものである。
これが相加作用と呼ばれる。」

・・・のだそうです。
よくわかりません。
人の口に入る前に
動物実験していたんですよね?
以下抜粋。

「ネズミでは分からない、と言い張っている
人たちがまだいる。ネズミに食べさせたほど
多量にはまだ人間は食べていないと
言っている人たちに、私は言いたい。
仰る通り、どれだけ人間が食べたら危険かということは、
ネズミの実験では決して分からない。
ネズミと人間は随分違う動物なのですから(中略)
本当に、ネズミを使った実験ではネズミのことしか
分からないのだ。多量に与えた結果だけで
私たちがショックを受けるのは、
もう待っていられないからである。
慢性毒性(つまり長い時間食べ続けても安全かどうか)を調べ、
突然変異(つまり子孫への遺伝の心配がないかどうか)も
テストするには、一つの物質で
四年間(ネズミで)という時間と
一億円という研究費がかかる。
本来ならそれだけの時間をかけて、
安全性を確かめてから市場に出すべきであるのに、
食品添加物三百三十六種類のうち、
それだけ慎重な検査を終えているものが幾つあるというのか。
厚生省は食品添加物のテストに対して
三百億もの予算を組めるのか、どうか。
私たちは厚生省が潤沢なお金をもらっている
役所ではないことを知っているから、心配している。」


「疑わしきは罰せずというのは
人間に対する法律であって
食品に関してはただちにストップを
かけるべきではないのか」


ぐぅぅぅ・・・・・・重い。重すぎます。はぁ。
もう一度お断りしますが、
これはおよそ38年も前に書かれた
新聞の朝刊の連続小説です。
お気づきかも知れませんが、
抜粋した文章は
なにせ昔の小説ですから
漢字の送り仮名も省庁の名前も
いまとは違います。

焼却処分も埋め立て処分もできない
汚染した農作物を
難民支援に送ろうという話は
この小説以外で知りません。
いま飢えて死ぬよりは、
将来奇形が生まれてもいいんじゃないか。
問題は哲学的なのだ・・・なんて
重い。重すぎます。

何度も繰り返しますが、過去の小説です。
以下抜粋。

「科学物質による中毒について、
医学的にはまだ何もわかってないと言っていいらしい。
水俣病にもイタイイタイ病にも
特効薬は発明されていないどころか
何が水俣病であるかということも
まだ定義づけられていない。
あの気の毒な患者を前にして、
この症状は水銀でなくても現れる。
あの症状も、別の原因で起こりうる。
という工合に医学的に分析していくと、
水俣病というものがなくなってしまう。
目の前に悲惨な犠牲者がいてもなお、
医学的には水俣病が存在しなくなる。
医者たちは人間の肉体について、
特に神経とかホルモンとかいう
微妙な問題に関する限り、
あまりにも何も分かっていない」

小説には
かつて農薬や肥料に入っていた
アルキル水銀やフェニル水銀の使用は
禁止されていることも
水俣病が公害病であることを政府が
正式に認めたのは昭和28年12月、
水銀の土壌汚染の残留は希望的観測数値で
50年だとも書いてありました。


そもそも農薬散布と水俣の工場排水は
別物だったんじゃないのかしら???
あれ?? という疑問には、雨や川の流れ、
食物連鎖など、
この小説の話題はつきません。

昔話のことで関係ないと考えるには、
まだ微妙な時期でしょうか。
そこで水俣病に関する裁判を調べると
昨年(2011年)9月にも訴訟がありました。
過去の話ではない・・・??

そもそも水俣病は人体に被害はないと
考えられた無機水銀が
自然の海域で有機水銀に代わり
病気の原因になったのだそう。
言い換えると食物連鎖による作用が
原因だったようなんですね。
つまり生体濃縮した魚を
多量に摂取したせいだと。


食物連鎖?
ちょっと待って!
では魚を食べる生き物たちは?
農薬散布や工場の廃水の海への廃棄は
日本だけの問題ではないでしょう?

話を小説に戻します。
以下カッコ内は本文抜粋。

「世界の野鳥の多くは農薬によって
絶滅の方向に向かっている。」

鳥は減っている?
地球という星単位で見ると、
人口は増加傾向にあるといわれるのに?

「すべての食物連鎖の終着駅は人間の口であるのに。
四万種にものぼる毒性化学物質に囲まれながら、
人間がまだ絶滅しない理由は、
鳥と違って雑食だからである。」


救われるような、救われないような。


水銀の体内蓄積量に関しては
ひとごとでは片付けられないので
お医者さんに聞いてみると、
「体内の残留水銀量が許容範囲値を
超えているとしても水俣病、
もしくは水俣病の初期症状だとは言いませんよ。
しかし症状はある。そういうのを医者は
不貞愁訴といって精神科を案内しますね」
とのこと。

カウンセリングでホルモンの異常値が正常化したり
体内の有害ミネラル量が減るものでしょうか?

「大丈夫。水銀を排出する薬はありますから
まずは体外に出しましょう」
とのこと。

看護婦さんが私の不安をなだめるように
「私も以前、水銀でひっかかったんです」
と教えてくださった。
へ〜。よかった。。。。?????

水銀以外にも過剰なミネラルは
いくつかあるのですが、
「水銀が多いね。職業柄かな?」と
言われて初めて職業を意識する
必要性を感じることになりました。

夜景プロデューサーなんて職業を名乗る人
会ったことがなかったので仕方ない。
本人も現場で必要な時以外に名乗らないので・・・。


実際に生産工場や廃棄工場で働いていないからこそ、
質問できること、見れること、
言わなきゃいけないことがあるのかも・・・なんて
自意識過剰ですむならそうでありたい。

なので職業柄?
「蛍光灯型LEDが普及され、
従来の蛍光灯の廃棄が増加しているらしいぞ」
なんていう話を聞くうちに
廃棄状況が気がかりになりました。
蛍光灯の廃棄と水銀による土壌汚染は
昔から話題にされてきたものです。

土壌の汚染だけですむのならいいのですが、
土壌の汚染は大気の汚染や海水の汚染に
つながります。
つい人だけが特別なように感じてしまいますが、
それは思い上がりで、自然はよくも悪くも
密接に関わりあっているんですね。

水銀汚染の問題と
生体濃縮はついてまわります。
生体濃縮は口に入れる農作物、
肉、魚にあるだけではなく、
人の躰の中でも行われます。
食物連鎖だけじゃないんですね。
いまは大丈夫でも、
子や孫の代に影響を
与えるかも知れない・・・
できることなら
負の遺産は残したくないと
思うのが人の常です。
誰も好き好んで人体に悪い影響を与えるものを
ばらまいていたわけでは
ないということも書かれています。

最初に被害が出る農民や漁民が
データとしてみると想像より少ないのは、
躰よりも先に精神がやられてしまい
自殺してしまったせいだともあります。


「官僚機構というのは
誰も責任をとらないですむようになっていますよ」
と書かれたこの小説が
どうか荒唐無稽な作り話でありますように。


・・・大丈夫。
“小説”によると
水銀に対する免疫力も人によって違うそうです。
なにか心あたりがあって心配な方は
お医者さんに相談してください。

え? 癒されることを期待して読んだのに
癒されなかった!?

まぁ、まぁ。それはお気の毒でした。
人生には思い通りにならないことが
いくつもあります。
そういうこともありますよ。
いやなことは忘れるに限ります。
忘れてください。



・・・ゴメンナサイ。←結局謝る。

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