編集長阿部トモ☆通信 プロフィール

『虹の理論』
著者:中沢新一
発行所:株式会社新潮社

『自然の奥の神々 哲学者と共に考える環境問題』
著者:内山 節(たかし)
写真:秋月 岩魚
発行所:宝島社
西暦538年から続く火の祭
「お燈まつり」の理解を繋ぐ二冊
「お燈まつりって知ってますか?」
という友人K氏の何気ない一言を
つい調べてしまいました。

毎年2月6日に行われる
和歌山県新宮市にある神倉神社で
「お燈まつり」というものが
あるそうです。

ご神体は「ごとびき岩」という名の
神々が宿った巨石。

この神社に夕方、
白装束の男たちおよそ2000人が集まり
ひととおりの奉納の儀式をした後、
渡された火(松明)を持ったまま
源頼朝が寄進した
538段の急な石段を駆け下りるというもの。
それがまるで神倉山から
竜がおりてくるように見えると
言われるほど絵面も勇ましい
火の祭だそうです。

ではそんなに急いで火を持って
降りてきてどうするのかというと、
かつてはこの火が家に届くまで
各家庭では新年の
灯明(とうみょう・神仏に供えるともしび)
をあげてはいけないといわれていたそう。

さらになぜ急だとわかっていて
階段を538段にしたのかというと、
祭の起源の年に合わせて
頼朝(1147年生まれ?)があえて
538年→538段で石段を寄進したようです。
いっそ柔らかな土を滑って降りたほうが、
怖くなかったのでは?とも思うのですが
それは女の浅知恵なのかも知れません。

祭は女人禁制で、
一週間前から食事制限や
沐浴など身を清める決まりがありました。
簡略されても
しきたりのいくつかは
今も引き継がれているようです。
たとえば祭の前は
白いものしか食べてはいけない、
白いものしか身につけてはいけない、
石段はとてつもなく急だが
躊躇することなく駆け下りること・・・・・・など。

ちなみに男性であれば
参加する年齢には決まりがないらしく
「俺は男だ。参加する!」と意気込みがあれば
たとえ幼くとも周囲の男たちが気遣ってくれるので
問題なく参加できるとのこと。
・・・これは想像ですが、
きっと本人が参加を申し出て、
周囲の男たちが許したとしても
「あなたにはまだ無理よ。また今度ね」
なぁ〜んて、
それとなく母親が止めているのではないでしょうか。

とにかく老若関係なく白づくめの男たちの姿は、
イメージするとバカボンのパパの衣装の
腹巻の部分が縄になった感じでしょうか?
この縄の絞め方にもルールがあるのだとか。

見渡すかぎり大勢のバカボンのパパを
想像するとなんだか笑いがこみ上げますが、
これは真面目で神聖な祭です。

男たちの気性が荒くなるので
祭時は喧嘩が多発するそうですが、
どうやら警備を厳重にするのも
昔からの慣わしなのだとか。
警備の人は介錯人と呼ばれ、
こちらの方々も持ち物、
服装等決まりがあったようです。
偶然見た現在の祭の写真では
普通の警官、警備の人のスタイルに
見えた気がしましたが・・・。

よし!祭を間近に見てやろうと思っても、
いざ現場に来ると
観光目的程度でしきたりを守ったり、
そこまで身の危険を感じたくはないと
考えなおすのだそうな。
そもそも女性は、
神社の門をくぐる前に
山に入ることすら許されないので
麓でお見送りするだけだそうな。

そうか。これこそ男の祭なのね。
「男の祭」というのは
北島三郎さんの歌でしか知らなかった。
涙と汗こそ男のロマンだという祭が
現代にあるのね。へ〜。

ちょっぴり投げやりに感じるとしたら、
それは気のせいです。


それにしてもなぜ女人禁制?
神々が宿っているといってもご神体は岩です。
岩から火をもらってどうするのでしょう?

・・・・・でやっと、
この二冊が登場するわけです。


ここまで長かったでしょう?
お疲れ様です。
でもこの先も長いです。
なぜなら本の内容を記すから。うふ。
ファイトッッ!!

どちらも思想書です。
『虹の理論』は
オーストラリアの赤岩にまつわる
“虹の蛇”の話からはじまります。
以下、カッコ内本文抜粋。

「女性の身体には、水よりも強力な
自然力をあらわす血液が豊かに流れ、
それは月に一度、体の外にあふれ出してくる。
だから、彼女に秘められた力を、
大地の欲望、大地の生命力そのものである
泉に触れさせてはいけない。

そんなことをすれば、大地の欲望は
まがまがしい病気となって、
人間の上にふりそそぐだろう。泉に触れ、
大地の生命力に触れ、そこから
豊かな力をひきだしてこれるのは
男だけなのだ。

なぜなら、男は自分の自然力を
去勢し、コントロールできる存在として、
自分の体内から自然力を、
生理のかたちにせよ、ヒステリーにせよ、
むやみに流出させることをセーブできる
生き物だからである。

蛇は男たちを好む。
蛇は大地と生命の秘密を
にぎっている。
その秘密を、
蛇は男性の秘密結社だけ伝えたのだ。
こうしてアボリジニーたちは、二十世紀の
フェミニストたちの激しいいきどおりをかきたてた、
ファロサントリニック神話の原型を、
つくりあげてきたのでした」

これを女人禁制の
アフォリズムとしてとらえると
いいんじゃないでしょうか。

・・・・・・大丈夫ですか?
読みにくくなかったですか?
出版されてまだ10年前の本ですが、
書式が違うせいか
書き写すだけで私はヘトヘトになりました。


さて・・・気を取り直して次に進まねば。


そして秘密結社とは何をさすのか?


・・・・・・ここから
『自然の奥の神々』からの文章を
抜粋しようかと思っていましたが、
無念。すでに私が疲労困憊。



あ。そういえば、
日本人はほかの国の人と比べて
心配り、気遣い上手だそうですね。

ここはひとつ
「ああ、きっとこんなつもりで
取り上げた本だったのだろうなぁ」
なんて、なんとな〜く話の先は
汲んでいただけたら幸いです。

それこそ「簡にして要を得る
(かんにしてようをえる・簡単であるが
要点をつかんでいる)」って
ものですよね。

まったくもって、なによりでした。
日本人に生まれて。
日本に住めて。
幸せ。

ああ。そうそう。
日本には、こんなベタ用語もありました。


「お願いしますよ、先生♪」



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